*「ママタイム 」によせて

2019年1月某日、「ママタイム」という物語小説を、アマゾンKindleストアで電子出版した。長年の夢がかなった瞬間だった。作家を嘱望して数十年。書いては途中でやめ、また、モチーフを考え直す期間が長く続いた。


私は30年余り、保育士として働いた。家族に関する心理学を学んで、カウンセラー資格をとった。子どもの観点で家族を見つめることが、私の必須課題となった。


虐待やネグレクトが、社会問題化して久しいが、件数的には年々増加している。件数が増えたというよりは、実態が表面化したにすぎないと思ってしまうのは、私だけだろうか?


「ママタイム」の物語は、離婚した家族を子どもの目線でつづってみた。この主人公は、身体的虐待を受けたことはない。でも、大人の事情や感情に、シングルの保護者が抱える生活感に、まどわされてしまう。大人の事情を考えて、我慢し続けてしまう。その我慢や、寂しさや切なさを、大人たちは気づかなかった。この子は、大人を思ういい子だったから。


私は川崎の地で生まれ、地域の子どもたちを保育する職業を選んだ。すべての子どもたちが、健全な道を選択してほしいと願い続けた。
健全な道とは何か。人を思いやること。人を傷つけないこと。お互いに尊重し合うこと。どこかの標語みたいだけど…、私の率直な気持ちだ。
この健全な道は、家族関係にも当てはまる。


大人は、逃げてはいけない。でも、逃げ道はたくさんある。子どもの逃げ道は「悪い子」になるか、「いい子」になりきるかしかない。
だから、子どもを責めないでほしい。逃げ道に迷い込んだ大人が、頑張ってる子どもを、追いつめないでほしい。


子どもはいつも泣いている。言語を発する前から「オンギャー」とか「エエーン」とか。そして、大人に感情的に怒られ、無視され、ウザイとか言われて、心の中で泣いている。


どうか、どうか、子どもの涙に気づいてほしい。子どもの寂しさや切なさに、寄りそってほしい。
「ママタイム」に込めた、切なる思いである。