*再び 子どもに寄りそうこと

2019年3月12日、愛知県豊田市で、小学校6年生の女児2人が、マンションから飛び降り、死亡した。

小学生が自ら死を選ぶとは、なんという痛ましいことだろう。学校内でのいじめを苦にして、死を選んだのだろうか。「死にたい、明日、とびおりる」と、女児の一人が、周囲にもらしていたことがわかっている。

現場には遺書らしき手紙があり、自殺の可能性が高いようである。手紙は、友人に宛てたもの、家族に宛てたもの、そして、校長先生に宛てたもの、3通が残された。

2016年の小・中・高生の自殺は、320人、内、小学生は12人。2017年の小・中・高生の自殺は、250人、内、小学生は6人という統計がある。実際には何倍もの子どもたちが、自死していると推測される。手紙や遺書を残さないで、死を選ぶ子どもは自殺にはならない。

女児の一人が「死にたい」と周囲にもらしていたのならば、誰かが気づき、心の内を聞いてあげられなかったのだろうか。小学6年生、12才ともなれば、学校での苦しみや悲しみを、なかなか、保護者に言うことができない。

親に心配をかけたくない、という気持ちが先にたつ。自分でなんとかしなければ恥ずかしいと、思ったかもしれない。すでに思春期の入り口に、立っている情態であったと思う。

でも、この2人は、3通の手紙を残している。いじめのつらさや悲しさを、つづったかもしれない。校長先生への切なるお願いを、書いたかもしれない。

内容は判然としないが、死という行動を通して、手紙に託した何かを通じて、強く訴えるものがある。自分たちの心の中を聞いてくれない、理解してくれない大人たちへの、訴状のように思える。

この事実は、いじめがあったか否かだけの、問題に終始してはいけないと思う。

子どもたちの生命をあずかる、すべての教育者、スクールカウンセラー、保育士。また、子どもたちを見守る地域の人々が「子どもの自死」を、心に深くとどめてほしい。なぜ、子どもが死にたいと思うのか、考えてほしい。

そして、再度「子どもに寄りそう事」とは何かを考え、自分の実践を振り返る事が重要である。自戒の念を込めて、そう思う。

2人の女児のご冥福を祈ると共に、保護者の方々の深い悲しみに、お悔やみを申し上げます。