*自死を選ぶ思春期前に

現代はひと昔前に比べて、思春期に入る年齢が、早まっているように思う。

それぞれの児童の個性によるけれども、20年くらい前は、中学生ごろ、12才から13才ぐらいが、思春期の始まりだったように思う。

だが、今では小学校高学年、10才から11才ぐらいだと感じる。

女子と男子では,差異がある。女子は初潮を迎えるぐらいが、思春期の入り口だと思われている。男子はなんとなくはっきりせず、ある日突然、射精を迎える。

身体の変異と心の情態が、思春期を生み、混乱させる。

様々な要因が考えれれるが、情報化社会になり、子どももスマホを持ち、興味がある情報が、簡単に得られる。また、離婚した家族や、一人親家族が増え、子どもが家族の一員として、自律しないと生きていけない。

保護者が、子どもたちに課する、家族内での労働や、受験を目指した塾通いなど。やらなくてはいけないことが、多い。

また、民族性の違う父と母。多元的な文化を持つ、自分のアイデンティーを考え、模索し続ける子どもたち。文化の違いや、パパやママのルーツを大切にしながら、自律しなければならない。

子どもたちは本当に、大変だ。自分で考えなければ、家族の中でも学校社会でもやってはいけない。

だから、大人の事情を、理解できる子が、多くなった。ママの大変さや、パパへの気遣いなど。なんと、大好きなママへの配慮は、4才・5才児でも考えている子どもがいる。びっくりだが、真実の話しである。

昨年度、2017年4月1日から2018年3月31日までの期間、児童の自死・自殺の数が過去最多となった。(文部科学省の報告から)

その要因は、親子関係の不和や、家族関係に問題がある場合が、多い。学校でのイジメ問題による自死・自殺は、比較的、世間に知らされる場合がある。でも、家族の問題は、なかなか表面化しにくい。

当事者が、ガマンしてしまうからか。思春期という、はれ物に触るような情態に、保護者が、教育者がタッチしたくないからか。

どちらにしても、コミュケーションが成立してないと、当然、子どもは孤立していく。

発達障がいと診断された子どもが、投薬をうながされ、何年も飲み続けると、副作用を起こす。

向精神薬のようなものを服用すると、自死思念が生まれるのではないかと、懸念されがちだ。はたして、そうだろうか?

発達障がいと言われる子どもは、少なくとも、保護者や教師が、その時々で、注意を向けている。その方法論の是非はともかく、いいにつけ、悪いにつけ、大人が関心を持ち続けている。

だから、薬を飲んでいたとしても、子どもには安心感があるのだ。ママやパパが、先生が、ぼくを、わたしを見ていてくれる、と感じられる。

自死思念が育ってしまう環境は、大人の無関心や、共感性のない状況から生まれる、と思う。

または、強制的な育成観や、強力な指導性。子どもの心を無視し続けると、ふと、死にたくなるのかもしれない。

だから、「○○するべきだ」「○○しなければ、認めない」などという、育成観や教育観を持たないでほしい。

思春期に入る、0才から12才ぐらいまで、のびのびと過ごせる環境を与えてあげ、子どもの心に寄りそってほしい。

そして、子どもの表情や態度を、よく観察してほしい。暗い表情をしていたり、元気がなかったら、優しい言葉をかけてほしい。

必ず、子どもは大人の助けを求めて、サインを出している。そのサインに気づかない、大人の感性がにぶっていると思う。

保護者だけでなく、保育・教育に携わる者、カウンセラー、地域の人々、すべての大人が、子ども心に寄りそえば、自死を選ぶ子どもは、少なくなるだろう。