*映画ドラマが好き<4>

新型コロナウイルス感染症対策に関する、ドイツのメルケル首相の格調高いスピーチが、世界的に話題となった。また、新型コロナウィルスの抑え込みに成功した、ニュージーランドのアーダーン首相とデンマークのフレデリクセン首相も、世界各国からの評価が高い。メルケル首相はかなりご高齢だが、アーダーン首相とフレデリクセン首相は、40歳代の女性政治家である。様々な意見があるが、小池百合子東京都知事も頑張っていて、たのもしいと思う。

4回目は、頑張って生きている女性。社会の流れに翻弄されるが、自律して生きていこうとする女性を主人公にした映画を選んでみた。設定された年代は違うが、女性の生き方を描くと、必ず、家族や子どもの問題が出てくる。

フェニミズム的な見方だけではなく、苦悩しながらも一生懸命に生きている姿。それぞれの女性の精神力や家族関係に、注目してほしい。また、それぞれの映画の主人公が素晴らしい。各映画祭の主演女優賞を受賞したりノミネートされた、名女優たちの演技が輝いている。

🌸ファーゴ:1996年、アメリカ映画、ジョエル・コーエン監督(アマゾン、U-NEXTで鑑賞可)
時代は1980年代のアメリカ。実在の町「ファーゴ」でおこった殺人事件を、女性の警察署長が解決するお話し。ブラックジョーク満載で、でも、肝がすわった警察署長がすがすがしい。しかも、出産近し妊婦さんである。コーエン兄弟(監督、脚本)の映画ファンは多いはず。

🌸エリザベス:1998年、イギリス映画、シェカール・カプール監督(アマゾン、ネットフリックスで鑑賞可)
当時、インド出身の監督が、イギリスの歴史映画を撮ったことで話題になった。エリザベス一世の生き方、ヴァージンクィーンとしての統治力がすごい。また、女としての哀しさや苛立ちも描かれていて、絵画のように美しい映画だ。

🌸私の頭の中の消しゴム:2004年、韓国映画、イ・ジェハン監督(アマゾン、U-NEXTで鑑賞可)
最近、何年かぶりに見直したが、とても良い映画だと再認識した。純愛の物語だが、一人の女性が自分の病気=若年性アルツハイマー病に立ち向かう姿が胸を打つ。彼女の生き方が、つれ合いの生き方をも決定づけていく。その潔さが、素晴らしい映画だ。

🌸スタンド・アップ:2005年、アメリカ映画、ニキ・カーロ監督(アマゾン、U-NEXTで鑑賞可)
1988年、初めてアメリカで行われた、セクシャルハラスメント訴訟の実話。若きシングルマザーが男性たちにセクハラを受けても、女性たちは同情しながらも保身に走る。最後は当事者の父親を中心に、共に家族が立ち上がり勝訴した物語。アメリカでも、30年前はひどいセクハラがあったのだ!

🌸プラダを着た悪魔:2006年、アメリカ映画、デビッド・フランケル監督(U-NEXTで鑑賞可)
今ではプラダバックを持ったり、堂々とプラダを着たりする人々は少なくなった。この時代は、バブリー時代の終わりの頃。ファッションにうとい女性が、ファッション雑誌の編集長の秘書になる。その頑張りに、素直に共感した人は多いと思う、

🌸フラガール:2006年、日本映画、李相日(イ・サンイル)監督(アマゾン、U-NEXTで鑑賞可)
1965年、福島県いわき市の炭鉱村での再生村おこしの実話である。私の父は福島県出身なので、中学生の頃に元祖フラガールを見ている。田舎に、なぜハワイアンセンターがあるのか理解できなかった。この映画を見て、その歴史に感動。在日韓国・朝鮮人三世の李相日監督の感性にも、感動!

🌸母なる証明:2009年、韓国映画、ポン・ジュノ監督(アマゾン、U-NEXTで鑑賞可)
母なる存在の力強さや潔さを期待すると、肩透かしをくう。自分の子どもと自分を守るための母性。どのような情態でも、子どもの存在を否定せずに、抱え込む母性を描いている。人間の裏と表を描写していて、鋭い洞察力だ。ポン・ジュノ監督は「パラサイト」で、2020年のアメリカアカデミー賞の5冠を達成。素晴らしい快挙。素晴らしい監督である。

🌸告白:2010年、日本映画、中島哲也監督(アマゾン、ネットフリックス鑑賞可)
中学生が幼児を殺すお話し。殺された幼児の母は中学校教師だが、復讐のために自分の仕事をなげうつ。虐待や暴言、子どもの育成を放棄する母親の存在が、殺人を招いていく。その重みを、被害児童の母親が復讐することで、殺人犯に悟らせようとする。その感覚が痛々しく、暴力的だ。

🌸マーガレット・サッチャー:2011年、イギリス映画、フィリダ・ロイド監督(アマゾン、U-NEXT、ネットフリックス鑑賞可)
1979年「鉄の女」と言われた、イギリス初の女性首相が誕生した。メリル・ストリープが熱演していて、当時の政治状況や家族との関係性がよく分かる。特におつれ合いのサポートが、ユーモアがあって的確だったと思う。やはり、家族のバックアップアがなければ、女性の社会的成功は成立しないのか。と、思わせる作品。

🌸アリスのままで:2014年、アメリカ映画、リチャード・グラツァー監督(アマゾン、ネットフリックスで鑑賞可)
ここから3本のアメリカ映画を紹介する。2010年代になると、困難さを抱えた女性が必死に生きる映画が、作られる。この映画は、3人の子どもを育て上げた50歳の大学教授が、遺伝性アルツハイマー病になる。仕事ができなくなり、家族の支援を受けて生活するようになる。たんたんとしているが、当事者と家族の大変さが伝わる、とてもリアルな映画。

🌸キャロル:2015年、アメリカ映画、トッド・ヘインズ監督(アマゾン、U-NEXTで鑑賞可)
1950年代のニューヨークが舞台。結婚生活に疲れた女性と、彼女の美しさに惹かれる若い女性との恋愛物語。当時は同性愛は、秘密のまじわりだったのだろう。原作者の自伝的小説なのだが、映画化に11年を要した。とてもきれいな映画だが、当事者の苦悩が伝わってくる。

🌸タリーと私の秘密の時間:2018年、アメリカ映画、ジェイソン・ライトマン監督(アマゾンで鑑賞可)
仕事、育児、家事に頑張る主人公が、3人目を出産後に心が疲れ切ってしまう。夜だけのベビーシッターを雇うが、子どもだけでなく、主人公=母親の心も癒してくれた。あることをきっかけに、父親が子育てに積極的になる。そしてまた、前向きに生きる気力を得るという、子育てのリアルさが表現されている。でも、なぜかほっとできて、穏やかになれる作品。

*友人の死から学んだこと

2019年に、近しい友人が亡くなった。彼は長い間、うつ病をわずらっていた。死因は自死であった。 享年59歳。還暦を迎えずに旅だった。若い死である。 

友人は、若いころからの知り合いだった。友人は、子どもたちにイエスさまの生き方を、やさしく説いていた。民族や文化が違っても、お互いに認め合い尊重しあえるようにと、楽しく分かりやすく説いていた。 

うつ病になる要因は、さまざまである。精神的に弱いからだとか、生真面目すぎるからだとか、本人のパーソナリティに問題性があると、判断されがちである。でも、要因は複合的であり、本人がおかれた状況が大きく影響する。じっくりと生き方や成育歴を聞かなければ、根本的な要因はわからない。 

私は、家族相談士、うつ病アドバイザーの資格を得ているが、友人が亡くなった時は、愕然とした。時間がたつにつれて、自分は何をすればよかったのか。彼の家族を支えるにはどうすればよかったのか。ずーっと考え続け、1年がたった。 

亡くなった直後は、課せられる雑事があり、家族にはなかなか悲しむ余裕がない。 

1カ月、3カ月、半年ぐらいたつと、残された人々はロスト状況なるように思う。私でさえそうなのだから、家族の喪失感は、深いものであると察せられる。 

同じレベルでは考えられないが、子どもの虐待死や自死を考えてみた。 

近年起こった、保護者による小学生の虐待死や、自死する中学生の心情に思いをはせた。大人の感情を暴言や暴力として押し付けられ、亡くなってしまった子ども。また、学校でのイジメに耐えられず、誰にも悩みを打ち明けられずに自死する、思春期の子どもたち。 

虐待する保護者は、子どもが自分の所有物のように思っているのだろう。 

大人に自分の苦しみを伝えられない子どもは、イジメられる自分が悪いと、思っているのだろう。自分が弱いから、ダメなんだと思ってるかもしれない。 

保護者というのは両親だけではなく、未成年者を保護する義務がある人々も意味する。祖父母や親族、広義の意味では保育士、幼稚園教諭、学校教諭である。子どもの虐待やイジメを、保護者という大人たちが見過ごした結果が、子どもの死であると思う。 

私は友人の死に直面し、死に至るまでの苦しみは同じであると思った。そして、子ども社会で起こっていることは、大人社会の反映であると思った。 

また、自死しようとする心境は、自分の生き方や死のあり方を、悩み模索しながらも、周辺の人々にうまく伝えられない、苦しみや哀しみがあると推測した。 
 

そして、子どもの死は、大人より残酷だ。保護者の考え方や暴力で、親族や周辺の人々の黙認や躊躇によって、いかようにもなるのである。もし、虐待を受けて助かったとしても、深刻な精神的やまいや身体的障がいを負うのである。 

未成年者の自死は、学校でのイジメや家族からの疎外で、生命力を奪われ、生きる気力や知恵を失ってしまった結果である。 

やはり現代の日本社会は、子どもや精神的やまいをわずらっている人に、優しく寛容な社会ではない。社会を担っている人々が、暴言や暴力に対して、無意識に容認し黙認しているからではないだろうか。 

亡くなった友人は、子どもたちに優しく、寛容に援助できる人だった。そして、がまん強かったのだろう。私は「苦しい」という言葉を、聞くことはなかった。 

友人の死を通して思うことは、私たちが「苦しい、助けて…」の心のサインを、聴くことができるかどうか、試されているということだ。大人は言葉にしないけれど、表情や態度で表現している。子どもは、ストレートに「助けて!」と、言葉で助けを求めてくる。 

「苦しい、助けて…」のサインを、いかに受け止め共感できるか。これからの相談士としての生き方の支柱にしようと思う。それが、友人の死から学んだことである。

 5月11日、友人の命日。この日を忘れることはないだろう。

*映画ドラマが好き<3>

13

第三回目は、愛情、友情、純愛などを描いている映画を紹介したい。
映画や小説は、この分野が一番多く描かれているが、「愛」を描くことの難しさがある。暴力や支配、性的なつながりが重視されると、ドロドロした内容になる。

そのドロドロした内容に魅力を感じる人もいるだろうが、私は、ほっこりと感動できる映画や、意味深い内容の映画が好きだ。見た後に前向きになれる物語、哀しみを感じるけど勇気が出る物語、がいい。

愛情、友情、純愛を描いた作品を紹介する。

🍀道:1954年、イタリア映画、フェデリコ・フェリーニ監督(アマゾンプライム、U-NEXTで鑑賞可)
初めて見たのは中学生の頃、NHKの名画特集でやっていた。二人の大道芸人のお話しだが、ジュリエッタ・マシーナ演じる、道化師の悲哀が涙を誘う。でも、美しい。純愛と暴力を描いた作品で、フェリーニ監督の代表作である。

🍀アラビアのロレンス:1955年、イギリス・アメリカ合作映画、デビット・リーン監督(アマゾンプライム、U-NEXTで鑑賞可)
むかしは、リバイバル上映が流行っていて、大画面でこの映画を見た。砂漠をラクダで駆け抜けるシーンは、素晴らしかった。イギリス軍人とアラブ人の共闘で、独立のための闘争を繰り拡げる。ロレンスは英雄視されたが、近年では評価が分かれる。が、友情の物語としてとらえれば美しい話である。ピーター・オトゥールがカッコいい。

🍀薔薇の名前:1986年、フランス映画、ジャン・ジャック・アノー監督(アマゾンプライム、U-NEXTで鑑賞可)
北イタリアの修道院で、修道士の遺体が発見された。二人の修道士が警察官のごとく、犯人を追い詰めていく。その過程で、修道院の中の生活が表面化していく。初老の修道士をショーン・コネリーが演じていて、演技派の道を進んだ第一作目。「薔薇の名前」の意味は最後で、やっとわかる。

🍀バグダッドカフェ:1987年、西ドイツ映画、パーシー・アドロン監督(アマゾンプライム、U-NEXTで鑑賞可)
ドイツからアメリカに旅行に来た女性と、砂漠の中でカフェを営む女性との、奇妙な友情の物語。二人でカフェを盛り上げて、人気店にしていく。「コーリング・ユー」という主題歌が有名になった。空の色や砂漠の色が美しい。

🍀レインマン:1988年、アメリカ映画、バリー・レビンソン監督(U-NEXTで鑑賞可)
様々なことを考えさせられる、現代的な課題だ。兄は自閉症で施設にあずけられていた。弟は2歳頃に別れて、兄の存在を覚えていなかった。父親の死をきっかけに、二人で車で旅することになる。兄は施設では経験できないことを、弟に教えられる。弟は兄の存在を愛することができた。自閉症の兄をダスティン・ホフマンが演じている。胸にしみる傑作だと思う。

🍀ニュー・シネマ・パラダイス:1989年、イタリア映画、ジョゼッペ・トルナトーレ監督(ネットフリックス、U-NEXTで鑑賞可)
映画ファンなら、一度は見たことがあると思う。イタリアのシチリアにある映画館での、映像技師と子どもの交流を、楽しく美しく描いている。最後のシーンは、映画愛にあふれていて、素敵だ。

🍀ギルバート・グレイブ:1993年、アメリカ映画、ラッセ・ハルストレム監督(U-NEXTで鑑賞可)
アメリカの田舎町で、知的障がいの弟、過食症の母を介護する、若者の日常を描いている。たんたんとしているが、その優しさとまじめさに心打たれる。若き日のジョニー・デップが兄、弟役をレオナルド・ディカプリオが演じている。二人の演技が素晴らしい、かくれた名作。

🍀オールドボーイ:2003年、韓国映画、パク・チャヌック監督(アマゾンプライム、U-NEXTで鑑賞可)
日本のコミックを韓国で映画化した。残虐な暴力シーンも出てくるが、近親での性的関係を描いている。性なのか愛なのか、混同する内容だが、最後に主人公は愛を示す。賛否が分かれる映画だと思うが、私は愛情ある映画だと思う。

🍀下妻物語:2004年、日本映画、中島哲也監督(アマゾンプライム、U-NEXTで鑑賞可)
ロリータファッション大好きの少女と、ヤンキー娘との友情。なかなか、かみ合わないところが笑いをそそる。私の地元は元ヤンキーのママたちがいるが、本当は心根は優しいのである。だから、この映画の展開はすごく理解できる。深田恭子と土屋アンナが、とてもイイ。

🍀マグダラのマリア:2018年、イギリス・アメリカ合作映画、ガース・ディビス監督(アマゾンプライムで鑑賞可)
マグダラのマリアは、イエスの幼なじみで娼婦であったとか、実はイエスの妻であったとか、様々な説がある。7世紀初頭に、マグダラのマリアは罪深き娼婦であったとされた。が、聖書の中にはその記述はない。この映画では、マグダラのマリアは、イエスの使徒であったとされている。彼女を主人公にした初めての物語。言葉少なく、映像で語るきれいな映画だ。

🍀マリッジストーリー:2019年、アメリカ映画、ノア・バームバック監督(ネットフリックスオリジナル)
最初は「クレイマー・クレイマー」の続編みたいだと、勘違いした。が、離婚裁判のリアルさや、夫婦が怒鳴りあいながら自分を主張しあう場面は、現代の離婚の実態だ。妻は別れると、イキイキする。夫は、寂しさや哀しさで滅入ってしまう。子どもは、二人の間を行ったり来たりで疲れてしまうようだ。夫役のアダム・ドライバーは、歌で男の悲哀を表現した。その歌にナチュラルに感動した。

*映画ドラマが好き<2>

13

川崎市川崎区は、戦中戦後、日本経済を支える京浜工場地帯であるが、「ケイヒン」と揶揄される時代もあった。正しく労働者の町で、日本各地から仕事を求めて、川崎に移住した人々が多い。私の両親もそうである。また、韓国・朝鮮からの渡海労働者も多く、戦時中に朝鮮半島から戦地に連行され、戦後は川崎に移り住んだ人々もいる。

で、私は高校生時代から、様々な社会問題に興味を持ち、映画もそのような傾向の作品を見ていた。その一部を、年代ごとに紹介する

🔷自転車泥棒:1948年、イタリア映画、ビットリオ・デシーカ監督(アマゾンプライムで鑑賞可)
中学生の時に初めて見た。第二次大戦後のイタリアの労働者の生活を描いている。一時期NHKは、イタリアの映画を放映していた。「鉄道員」なども数回見た。私の父はイタリア映画が大好きだった。労働者として、同じような現実に共感していたからだと思う。マイオマージュ・ムービー。

🔷スケアクロウ:1973年、アメリカ映画、ジェリー・シャッツバーグ監督(アマゾンプライム、U-NEXTで鑑賞可)
私は20代から、アル・パチーノのファンである。彼は現在80歳、現役で映画出演していて、今年もアカデミー助演男優賞にノミネートされた。この映画は、当時のアメリカンニューシネマの代表作であり、若かりし頃のアル・パチーノの演技が秀逸。必見の価値あり!

🔷砂の器:1974年、日本映画、野村芳太郎監督(アマゾンプライム、U-NEXTで鑑賞可)
原作者の松本清張が「原作を超えている作品」と言わしめた、名作。ハンセン病の父と子が故郷を追われて、日本各地を旅する。ハンセン病差別と、出自を隠すことの哀しさを描いていてる。何度かリメイクされたが、この映画以上の作品はない。

🔷伽耶子のために:1984年、日本映画、小栗康平監督(アマゾンプライムで鑑賞可)
在日韓国人青年と日本人少女との恋愛のお話。昨今の韓流ドラマとは違い、日本の中の民族差別を、二人の恋愛を通して描いている。なんと、川崎区の一部が撮影現場になった。小栗康平監督の視点と描写が素晴らしい作品。

🔷ミシシッピーバーニング:1988年、アメリカ映画、アラン・パーカー監督(U-NEXTで鑑賞可)
初めて見た時、白人系アメリカ人の差別感覚は根が深いと思った。1964年が時代背景の実話。黒人差別が激しいミシシッピー州で、公民権運動家が姿を消した。黒人差別に立ち向かう、FBI捜査官のスタンスが骨太ですごい。ジーン・ハックマンがカッコいい、名作だ。

🔷デッドマン・ウォーキング:1995年、アメリカ映画、ティム・ロビンス監督(U-NEXTで鑑賞可)
決して「ウォーキング・デッド」と間違えないように!こちらは、死刑を目前にした死刑囚と、カソリックのシスターとの交流のお話し。死刑問題を真正面から描いている。公開死刑場面は圧巻。まるでキリストの処刑のようだ。シスターによって、死刑囚は最後に愛を知る。

🔷硫黄島からの手紙:2006年、アメリカ映画、クリント・イーストウッド監督(アマゾンプライム、U-NEXTで鑑賞可)
アジア・太平洋戦争中の硫黄島での様子を描いている。イーストウッド監督だから、客観的に日本人軍人の心理を描けたように思う。「父親たちの星条旗」と二部構成になっている。軍人であっても、軍国主義に疑念を抱いていたのが真実である、と思わせる作品。

🔷あん:2015年、日本映画、河瀬直美監督(アマゾンプライム、U-NEXTで鑑賞可)
現代の日本、ハンセン病に対する偏見と差別を率直に表現した映画。樹木希林の静かな演技が胸を打つ。ご自身もガンに侵されていた時期、病魔におかされた人々の哀しみを、自然や人間との関係性を見つめる視点が、素晴らしい。涙が自然に流れる物語。

🔷エルネスト:2017年、日本映画、阪本順治監督(アマゾンプライム、U-NEXTで鑑賞可)
キューバ革命の英雄、チェ・ゲバラにあこがれて、キューバに留学した日系ボリビア人二世が実在した。ゲバラの人民解放軍に加わり、ボリビア革命に身を投じた。日本とキューバの合作作品。とても静かな流れだが、阪本順治監督の熱意が伝わってくる。

🔷ビューティフルディ:2017年、アメリカ映画、リン・ラムジー監督(アマゾンプライム、U-NEXTで鑑賞可)
大人に身体を提供する少女を、救出する元軍人の物語。児童買春の実態は、アメリカ国内にもある。元軍人は、幼いころ虐待を受けていて、その経験と少女の情態が重なる。元軍人をホアキン・フェニックスが演じてるが、「ジョーカー」の彼がやっているとは思えない。驚くほどの演技力だ。

🔷きのう何食べた:2019年、テレビ東京ドラマ、西島秀俊、内野聖陽W主演(アマゾンプライムで鑑賞可)
ゲイカップルが共に暮らす日々の、ドラマシリーズ。とても軽い調子で物語は展開していくが、ちょっとした場面で、ゲイカップルの苦悩が浮かび上がる。内野聖陽のオネエさまぶりは、とても素敵だ。ドロドロしてなくて、ホロリとする温かい作品。私は大好きだ!

 

*映画ドラマが好き<1>

私は物心ついた頃から、映画やテレビドラマに夢中だった。 
当時は川崎市川崎区の商店街には映画館があったし、父は流行りものが好きで、いち早くテレビを購入した。うちの家族は、映像によって知識や感性を養われたと思う。 

映像の素晴らしさは、人間の表情のキャッチにあると思う。言葉や文章では表せない感情や心の内を、眼の動きや顔の表情で表現することができる。役者の創造力や表現スキルだけでなく、映像内容は合議的制作で成り立っている。独りよがりでは決して作れない表現媒体だ。  

子どもの頃から、映画館で映画を見て、テレビドラマにはまっていた私だが、一時期、映画を見なかった。で、パソコンで見られるようになると、再び鑑賞するようになった。そして、子ども虐待、子どもにまつわる映画やドラマが、2000年頃から増えていることに気づいた。

昔の名作から現代までの、子ども虐待や子どもと共に生きた人たちの、作品を紹介する。 

🍎大人は判ってくれない:1959年、フランス映画、フランソワ・トリュフォー監督 (DVDのみ)
若いころ見て、主人公の逸脱行動に共感できなかった。保育論や家族療法を学んだ今、周りの大人の理解のなさや冷たさが、彼の行動の原点であるのが理解できた。大人は子ども心が判らないのかな…。

🍎少年:1969年、日本映画、大島渚監督(アマゾンプライムで鑑賞可)
高校生の時にリアルタイムで見た。子どもに当たり屋をさせる家族の物語。少年は学校にも行かせてもらえず、かわいそうで映画館で泣いた。実話であり、大島渚監督のかくれた名作。

🍎クレイマー・クレイマー:1979年、アメリカ映画、ロバート・ベントン監督(アマゾンプライム、ネットフリックスで鑑賞可)
離婚したシングルファーザーが子育てに奮闘し、仕事との両立に苦悩する。子どもの存在が、父親の心の支えになっていくのだが、親権が母親に決まる。今見ても新鮮で、子役がとてもうまい。ラストシーンは愛を感じる。

🍎さよなら子供たち:1987年、フランス映画、ルイ・マル監督(DVDのみ)
ナチズム占領下のフランス。主人公は寄宿学校でユダヤ人と親友になる。最後のシーンでタイトルの意味が分かる。私は何回か映画館に足を運び、マイベスト作品と思っている。ルイ・マルの自伝的映画。

🍎コルチャック先生:1991年、ポーランド映画、アンジェ・ワイダ監督(DVDのみ)
小児科医で児童文学者。ユダヤ人の孤児院を運営し、子どもの権利を提唱した人。最後まで、ユダヤ人の子どもたちと運命を共にした、実在の人物。すごい人だなぁと思う。

🍎マイプライベート・アイダホ:1991年、アメリカ映画、ガス・ヴァン・サント監督(アマゾンプライムで鑑賞可)
男娼として働く若者の話。リヴァー・フェニックスは実際、幼少時代にコミュ―ンの中で性的虐待を受けていた。それと重なるようなお話しで、実母の家族内性的虐待で自分が生まれたこと知った後、実母を思い出すと、どこででも眠ってしまう病気になる。性的虐待は子どもの脳細胞を犯す。

🍎誰も知らない:2004年、日本映画、是枝裕和監督(アマゾンプライムで鑑賞可)
父親が違う、4人の子どもたちだけの生活。母親が家を出て、ネグレクト状況になったが、子どもたちは楽しそうに生きる。無戸籍の子どもたちの存在を、社会に知らしめた哀しい実話。

🍎闇の子供たち:2008年、日本映画、阪本順二監督(アマゾンプライム、U-NEXTで鑑賞可)
タイにおける子どもの人身売買、臓器密売、売買春のお話し。過酷な児童虐待の状況が浮き彫りになっている。タイの貧しい家庭に生まれた子どもは密売組織に売られ、外国人が買いに行くという物語だが、ノンフィクションではない。病気になるとゴミ袋に捨てられる子。性交の後に肛門や性器から血を流す子。友だちの死に涙を流す子どもの姿が、痛々しい。

🍎真夜中のゆりかご:2015年、デンマーク映画、スサンネ・ビア監督(アマゾンプライムで鑑賞可)
乳児虐待の悲惨さと、子育ての苦しみと喜びを描いている。子育てに母性と父性の違いはない、という隠れたテーマがあるように思ったら、監督は女性だった。最後のオチは泣けてしまう。

🍎ババドック:2015年、アメリカ映画、ジェニファー・ケント監督(アマゾンプライムで鑑賞可)
ホラー映画に思われがちだが、シングルマザーの大変さを描いた作品。少しユニークな子どもが、学校や一般社会から問題視され、母親が責められる。そのストレスで虐待に走りそうになるが、子どもの力で過ちに気づくという、考えさせられる内容。女性監督ならではの感性だ。

🍎コウノドリ・シーズン2:2017年、日本TBSドラマ、綾野剛主演(アマゾンプライムで鑑賞可)
シーズン1よりレベルアップしている。毎回、赤ちゃんの命、母の命、それを支える人々を描く。若い男性が産科医で、赤ちゃんを取り上げる場面は、少し気恥ずかしさを感じるが、それには意味があった。穏やかで熱い、綾野剛の演技に感動する。

🍎マインドハンター・シーズン2:2019年、アメリカ映画、デビット・フィンチャー監督総指揮(ネットフリックスオリジナル)
映画ファンなら、デビット・フィンチャーを好きな人は多いはず。1970年代のFBIの初期の行動科学課での出来事を、シリーズで見られる。元祖プロファイリングチームのお話し。シーズン2は、アトランタでの黒人児童連続殺人事件を追う。実話であり、2020年現在、全面解決に至ってない。必見である。

🍎ジョーカー:2019年、アメリカ映画、トッド・フィリップス監督(アマゾンプライム、U-NEXTで鑑賞可)
是か非か、かなり評価が分かれる作品。主演のホアキン・フェニックスはあらゆる映画祭の主演男優賞を取った。私は大好きな作品だが、見る人の感覚によって見解が違う。だが、児童虐待が犯罪の温床になるという、製作者側の意図が読み取れる、かなり深い内容だと思う。

*子どもに寄りそうこと<1>

1985年ごろ1か月ほど、アメリカ各地の保育所や、各州の行政の児童福祉課に視察に行った。神奈川県下の保育士、施設長、神奈川県児童福祉課の人々など、30人ぐらいの視察団だった。

地方都市ボストンの児童福祉課の職員は、すべて女性であった。家族と子どもの問題が多発していて、問題解決に四苦八苦している様子だった。離婚率が高くなり、親権問題で揺れている家族が多く、子どものメンタルケアができない状況を、率直に語っていた。子どもたちに対して誠実に向き合っている姿勢に、感銘したのを覚えている。

アメリカ映画の「クレイマー、クレイマー」そのものだと思った。女性の自立・自律思想にともない、シングルマザーやシングルファーザーが増えた。子どもが家族の中では、居場所を見い出せなくなったのだろう。アメリカでもこの頃から、家族療法がしきりに研究・実践されていった。

現代の日本も、同じような状況にある。私は長年、保育士をしていた。そして、定年を期に家族療法を学んだ。保育士や教師などの教育関係者は、保護者に対して、上からの視点で対応してしまう傾向がある。アジア文化全般に「親は指導しなければならない」という概念がある。

現代の子どもたちが置かれている状況は、手作りの食事は少なく、コンビニ弁当やスーパーのお総菜食品が多い。お風呂は、兄弟姉妹でしか入らないという家庭も、めずらしくない。まさしく「指導しなければならない親たち」なのである。

また、2020年は新型コロナウィルスの影響で、小中学校、高校が休校になり、毎日子どもたちが家にいる状況だ。三食充分に食べられない子どもがいる。「うるさい!」と保護者に怒鳴られ、過ごしている子どももいるだろう。大人も疲れるが、子どもはもっと疲れているだろう。

家族療法は、子どもや保護者を指導・教育するのではなく、子どもを取り巻く家族社会を理解することから、スタートする。親族関係を聞き取り、ジェノグラム=家系図を作り、多世代的な関係性を把握する。その中から、子どものパーソナリティや、置かれている状況を理解していく。

家族の存在が子どもへ与える影響は大きい。家族の愛情の有無は、子どもの潜在意識に深く刻みこまれる。だからこそ、家族関係に恵まれない子、ネグレクトや虐待を受けた子どもには、寄りそう人々が必要なのである。それは、保育士、教師、祖父、祖母、地域の人々が、ふさわしい。子どもの生きてく力になってくれる人々の存在が、大切なのである。

*子どもにとっての暴言と暴力

長年、保育士をしていて思うことがある。「しつけと怒ることの違いは何か」である。私は家族療法カウンセラー・家族相談士として活動しているが、兼業で保育活動を行っていた。
怒ると叱るの違いで、とまどっている保護者がいる。また、保育士もその違いやバランスで自問自答し、悩むことが多々ある。

しつけすることをすべて止めてしまうと、子どもはルールを違う方向に覚えてしまう。例えば、スプーンやおはしなどの道具を使わずに食事をしたり、排せつをトイレですることを、覚えられなかったりする状態になる。

また、叱ることをすべて止めてしまうと、兄弟姉妹や友だちのおもちゃを取ったり、自分の思いを通そうと、ケンカになったりしてしまう。

要するに、人間関係作りのルールを学べないのである。この場合、大人が叱り方を知恵をしぼって工夫すれば、子どもはそれなりに考えて、次の行動をイメージしようとする。子どもの力を、信じればいい。

怒るということは、大人の感情次第で、子どもに言葉を投げかけることだ。そう、保護者だけでなく、保育士、教育者でも感情に身をまかせて、怒ってしまうことがある。怒るという行為は、大人中心の行為でその結果、子どもの心がどうなるのか、関心がないし観察などしない。

しつけと叱ることは、その時代の社会規範に左右される。極端にいえば、100年前の社会的ルールは、現代にはほとんど通用しない。また、食生活は戦後大きく変わった。食べ方のマナーは、民族的文化によって、かなり違う。しつけは、社会性と文化によって、内容が違ってくるのだ。また、男性と女性と価値観が違うと、家庭内でしつけの不一致がおこる。

だから、子どもは混乱する。感情的に怒られたり、しつけと称してお風呂場やベランダに、長時間放置されたりする。また、食事を与えられなかったり、お風呂に入れなかったする。これがネグレクトだ。

子どもは、その意味を理解できない。当たり前である。その時の感情は大人だけもので、ただの発散と押しつけなのだから。子どもとのコミュニケーションは皆無である。

命令的暴言と痛みを与える暴力は、子どもの心を傷つけ、脳細胞を徐々に変形させる。そして、成人になると精神的障がいなどを残すかもしれない。この罪を、子どもに関わるすべての人は自覚しなければならない。
保護者、保育士、教育者、おじいちゃん、おばあちゃん、地域の人々、すべての大人が自覚しないと、虐待はなくならない。

そういう私も、失敗だらけだった。失敗したら、子どもの心から学んだ。自戒の念を込めて、現代の虐待問題に向けて、提起したい。

「暴言、暴力は、子どもの心と脳細胞を、変形させこわします!」

参考文献:「子どもの脳を傷つける親たち」NHK出版新書 友田明美著

*栗原心愛(みあ)さんの死

千葉県野田市の栗原心愛(みあ)さんの虐待死から、1年以上が過ぎた。2020年3月19日、傷害致死罪などに問われた父親勇一郎被告(42歳)の裁判員裁判で、千葉地裁(前田巌裁判長)は、「尋常では考えられないほど、陰湿で凄惨な虐待だ」として、懲役16年の判決を言い渡した。 

この間、千葉地裁での勇一朗被告の法廷での証言を、新聞やネットで読むたびに、自分の心が深くうずく。勇一朗被告は、みあさんがいなくなることを望んでいたとしか思えない。 

公判では、被告の携帯電話などに残された動画の一部が、証拠として提示された。 
2018年7月10日午前2時すぎ、みあさんが玄関で土下座するまでの様子が映し出された。 

勇一朗被告がみあさんに「土下座だよ。早くやれよ」と要求し 
みあさんが「じゃあ許してよ。家族に入れてよ」 
勇一朗被告「ムーリー」と答える。
みあさんが「私のことなんて、どうでもいいんだ」と言うと、 
勇一朗被告は「えっ、今さら?(夫婦と次女の)3人でいた方が楽しいし」と、言ったという。 

亡くなる半年前の動画である。拷問のような虐待。それを、動画撮影をする保護者としての、人間としての倒錯した心理。 

母親は、自分自身と次女を守るため、虐待を容認し続けた。 

この虐待死亡事件は、氷山の一角のように思う。 

確かに、陰湿で陰惨な虐待ではある。でも、それぞれの祖父母や学校の先生、児童相談所の職員は、虐待を目撃しなかったにせよ、みあさんの訴えをくみきれなかった。 

大人の言い訳を信じるか、子どもの心と身体の痛みを、感じとれるか。 「助けて―」という心の叫びを、受け止められるか否か、だと思う。 

では、どうしたら虐待を防げるのだろう? 

大人が子どもに対する、一方的な思いや支配を、第三者の大人が確認検証するしかない。 自分の子どもに、自分の育て方に干渉しないでほしい、という保護者意識にアプローチするしかない、と思う。 

子ども育成は、子どもをコントロール=支配するものではなく、子どもの成長を、周りの大人たちが喜び、励ますものであること。 
成長の楽しみと喜びを、周りの大人たちが共感しあえること。 
子どもが、家族や社会の中心であること、だと思う。 

 単純な価値観が、現代の日本社会には定着していない。その価値観を共有できれば、虐待は減少すると思うのは、楽観的であるだろうか。 

子育て真っ最中の保護者は、迷走状況にあると思う。特に母親は、生活のためなのか自己実現の欲求なのか、判断すれすれのところで、働き生活し、子どもを育てている。 

子ども育成のために、保護者や親族、第三者=保育園、幼稚園、学校、学童保育などのチームプレーが求められているのではないか。 

子どもへの虐待を生まないために、家族、親族、地域の連携を強化しよう。 
子どもの成長を社会の中心に据えて、子どもに優しい地域社会を創造しよう、と強く思うのである。 

🌸無料電話カウンセリングの実施にむけて🌸

3月21日(土)~4月27日(月)まで、キャンプファイヤー=GoodMorningにおいて、クラウドファンディングを実施しています。以下のURLをご欄になって、是非ともこの企画のパトロン=支援者になってください!

https://camp-fire.jp/projects/view/161919

*「ジョーカー」によせて

川崎の町は、映画館が多い。今では、シネマコンプレックスが3カ所、合計31のスクリーンがある。むかしは、商店街の中に映画館があった。私の母は、私が4歳ごろから弟を背負い、よく映画館に連れて行ってくれた。だから、思春期になると友だちと一緒に、2本立ての映画を見に、映画館に通った。小説よりもテレビドラマよりも、映画から生き方を学んだように思う。 

最近「ジョーカー」というアメリカ映画を見た。バットマンシリーズで、バットマンのかたき役のお話だ。何故、ジョーカーという悪人が生まれたのか。何故、殺人を犯してしまうほど「悪の華」を咲かせてしまったのか。 

一人の精神的やまいを抱えている人物の日常と、生い立ちを描きながら、犯罪を犯してしまう心の流れとカオスを、丁寧に描いている。 

主人公アーサー=ジョーカーがカウンセリングを受けてる場面があり、精神的やまいと母との貧しい生活状態が分かる。時代設定は、1980年代のアメリカの一都市。その当時のアメリカは、個人カウンセリングと投薬が精神病治療の主流だった。でも、それでは治らない。場合によっては、薬によって悪化する。 

個人心理療法のアンチテーゼとして生まれた、アメリカの家族療法は、1970年代から80年代にかけて、盛んに実践展開がなされた。正にアーサーに必要な治療法だと思うが、福祉事業の縮小によって、カウンセリングも投薬も打ち切られてしまう。 

アーサーは、子どものころに、母の再婚相手に虐待を受けていた。アーサーはそれを覚えてはいない。認知症をわずらった母からは、伝えられていなかった。だから、他人にバカにされ攻撃されても、抵抗すらできなかった。 

子どものころに虐待を受けると、脳細胞の発達に悪影響をおよぼす。暴力、暴言、ネグレクト、性的虐待など。発達障害やADHDは先天的な障がいの場合もあるが、0歳から12歳ぐらいまでに受けた身体と心の傷は、発達障がいや精神的病気となって残る。 

アーサーはジョーカーになることによって、自分を解放した。自分をさげすんだ人々を殺すことによって、自分を開いた。共に暮らした、母さえ殺すことによっても。 

殺人は多大な犯罪だ。亡くなった人だけでなく、家族や周辺の人々を不幸にする。人は人を殺してはいけない。でも、アーサーは子どものころから、心を殺され続けた。 

最後の場面は印象的だった。アーサーは精神病院に入り、再びカウンセリングを受けるのだが、今までとは違うニュアンスで笑い続ける。カウンセラーが「笑っているのはなぜ?話してみて」と質問する。アーサーは「君には理解できないさ」と苦笑いして、カウンセラーを否定し突き放した。その言葉が、なぜか胸に刺さる。 

殺人犯を罰するのは、当然である。でも、殺人を犯した人間の心の中を、心理学的理論と理性で眺めるだけなら、所詮、理解することはできないのだろう。 

ジョーカーを演じたホアキン・フェニックスは、あるインタビューで語っている。 「僕が確信を持てるアーサーの真実は、子供の頃にひどい目にあって、かなり深いトラウマを抱えていると言う事だ。それがアーサーを創りあげるスタートだった」 

ちなみに、ホアキンは2018年に製作されたイギリス映画「マグダラのマリア」で、イエス・キリストを演じている。マグダラのマリアは、西暦600年ごろから、罪深い娼婦であったとされてきた。

2016年にローマ教皇は、マグダラのマリアはイエスの使徒であったと、表明した。イエスの苦悩は、マリアの共感性に助けられていた。 

ホアキン・フェニックスは、すごい俳優だと思った。 彼はみごとに、2020年のゴールデングローブ主演男優賞や、アカデミー賞主演男優賞を受賞した

ジョーカーとイエス、まるでカードの裏と表のようだ。 

悪の華を咲かすまでには、その人間のつらい苦しい生育歴 があることを、忘れてはならないと思う。

*思想より信じる心を

思想は、歴史的な人物が、社会問題を中心に、理論的に組み立てたものであると思う。「〇〇主義であるべきだ」「人間は、国家のために生きるべきだ」のような、論理である。

共産主義思想や、日本の戦前の国家主義思想、等々。社会全体に人間の生き方を添わせていく質のものである。

そのように、生きられない人は、社会からレッテルをはられ、人格否定をされてしまう。

反体制派であったり、障がい者であったり、在日外国人であったり、精神疾患をわずらっている人は、社会が奨励する思想どおりに、生きようとしないし、生きられないと思う。差別を受けるからだ。

同じことが、家族社会の中で、起こるとすれば、どうだろうか?必ず、家族関係は悪化すると思う。

そこで、犠牲になるのが、子どもたちだ。子どもの感性は鋭い。

大人が「こうしなさい!」と、強制的に育成すると、一旦は従うが、同じようなことを強制され続けると、不信感が生まれる。悪さをして、自己表現を試みる。

では、どうしたらいいのだろうか。

やはり、対話をすることである。

社会にとって利用価値のある人間に、育てるのでなく、人間関係において大切な存在として、育成するのである。

子どもを信じること。人格を認めること。

大人を信じられない子どもたち。社会のルールに疲れ切って、精神的疾患をわずらった人たち。

この子どもたち、この人たちは、薬では治せないと思う。

第三者が、相談にのり対話をして、信じる心を、よみがえさせること。

家族や社会の中で、信頼関係の再構築を、援助すること。

それが、カウンセラーの仕事であると、再認識している最中である。